「残業代」がゼロになる!? 安倍政権が導入めざす「日本型新裁量労働制」とは何か
「残業代」がなくなるかもしれない。政府の産業競争力会議の雇用・人材分科会が昨年12月上旬、法律で決められた「労働時間の規制」を適用しない新たな働き方を提言した。今春以降、年収が1000万円以上の労働者を対象に試験的に導入することを目指すという。
いまの労働基準法は、一日の労働時間を原則として8時間と定め、それ以上働かせる場合は、企業に割増賃金を払う義務を課している。しかし今回の提言では、成果が時間だけでは測れず、時間管理になじまない働き方をしている個人もいる、と指摘。こうした人のために、労働時間と賃金を完全に切り離した雇用契約を結ぶオプションが与えられるべきだとした。
残業代をゼロにしようという動きは第一次安倍政権の時代にもあった。「残業代ゼロ法」との批判を受けて国会提出を断念した「ホワイトカラー・エグゼンプション法案」だ。「日本型新裁量労働制」と銘打たれた今回の制度を、その復活だと指摘する声もある。
制度の本格的な創設については今秋をめどに結論を出すというが、この「日本型新裁量労働制」が実現すると、働き方にどのような変化があるのだろうか。日本労働弁護団事務局次長の今泉義竜弁護士に聞いた。
●現在制度の「裁量労働制」には厳格な要件がある
「裁量労働制は、現行の労働基準法にも存在します」
今泉弁護士はこのように切り出した。現行制度における「裁量労働制」とは、どんなものなのか。
「現行制度では、裁量労働制が導入できるのは、厳格な要件を満たした場合のみです。対象となる業務は、編集者やデザイナーなどの専門業務、事業運営に関する企画立案などの業務に限られています。
ただ、実際には、適正な手続きをふまずに、裁量労働制を一方的に導入している企業は少なくありません。このような違法行為を行っている企業は、労働基準監督署の是正勧告の対象になりますし、労働者が残業代を請求すればそれを拒むことは法律上できません」
●「いったん規制緩和を許せば、際限なく広がる」
もし、「新制度」が導入されれば、どうなるのだろうか?
「今ある規制を撤廃し、どんな業種でも裁量労働制を導入できるということになれば、これまで残業代を払わずに違法な働かせ方を行っていた企業は、これまで以上に堂々と労働者に長時間労働を強いることになるでしょう。
また、これまでちゃんと残業代を支払っていた企業でも、規制がなくなれば、際限なく長時間労働を労働者に強いることになりかねません。同じコストで最大限の利益を得るというのが企業として合理的な行動だからです」
労働者の立場からすれば、本来ならもらえるはずの賃金がもらえなくなるのは、たまったものではないだろう。
「裁量労働となれば、『午前9時から午後5時まで』などの『所定労働時間』という概念もなくなります。
極論すれば、労働者は24時間会社に拘束され、深夜まで勤務し、帰宅しても常にGPSで居場所を確認され、携帯電話で呼び出されれば対応しなければならないということにもなりかねません」
それはむしろ、「裁量」という言葉と正反対と言えそうだ。政府は年収1000万円超えなどのエリート層から、制度を試験適用すると言っているようだが……。
「1000万円以上の年収という条件を付ける話もあるようですが、いったんそのような規制緩和を許せば、際限なく広がります。派遣法の歴史がそれを示しています。
過労死やうつ病などが頻発する今の日本に必要なのは、長時間労働をなくすための実効的で強力な規制のはずですが、政府の進めようとする規制緩和はこれに逆行するものです」
今泉弁護士はこのように指摘し、警鐘を鳴らしていた。
(弁護士ドットコム トピックス)
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【取材協力弁護士】
今泉 義竜(いまいずみ・よしたつ)弁護士
2008年弁護士登録。日本労働弁護団事務局次長。青年法律家協会修習生委員会事務局長。労働者側の労働事件、交通事故、離婚・相続、証券取引被害などの一般民事事件、生活保護申請援助などに取り組む。B型肝炎訴訟弁護団員。
事務所名: 東京法律事務所
「残業代」がなくなるかもしれない。政府の産業競争力会議の雇用・人材分科会が昨年12月上旬、法律で決められた「労働時間の規制」を適用しない新たな働き方を提言した。今春以降、年収が1000万円以上の労働者を対象に試験的に導入することを目指すという。
いまの労働基準法は、一日の労働時間を原則として8時間と定め、それ以上働かせる場合は、企業に割増賃金を払う義務を課している。しかし今回の提言では、成果が時間だけでは測れず、時間管理になじまない働き方をしている個人もいる、と指摘。こうした人のために、労働時間と賃金を完全に切り離した雇用契約を結ぶオプションが与えられるべきだとした。
残業代をゼロにしようという動きは第一次安倍政権の時代にもあった。「残業代ゼロ法」との批判を受けて国会提出を断念した「ホワイトカラー・エグゼンプション法案」だ。「日本型新裁量労働制」と銘打たれた今回の制度を、その復活だと指摘する声もある。
制度の本格的な創設については今秋をめどに結論を出すというが、この「日本型新裁量労働制」が実現すると、働き方にどのような変化があるのだろうか。日本労働弁護団事務局次長の今泉義竜弁護士に聞いた。
●現在制度の「裁量労働制」には厳格な要件がある
「裁量労働制は、現行の労働基準法にも存在します」
今泉弁護士はこのように切り出した。現行制度における「裁量労働制」とは、どんなものなのか。
「現行制度では、裁量労働制が導入できるのは、厳格な要件を満たした場合のみです。対象となる業務は、編集者やデザイナーなどの専門業務、事業運営に関する企画立案などの業務に限られています。
ただ、実際には、適正な手続きをふまずに、裁量労働制を一方的に導入している企業は少なくありません。このような違法行為を行っている企業は、労働基準監督署の是正勧告の対象になりますし、労働者が残業代を請求すればそれを拒むことは法律上できません」
●「いったん規制緩和を許せば、際限なく広がる」
もし、「新制度」が導入されれば、どうなるのだろうか?
「今ある規制を撤廃し、どんな業種でも裁量労働制を導入できるということになれば、これまで残業代を払わずに違法な働かせ方を行っていた企業は、これまで以上に堂々と労働者に長時間労働を強いることになるでしょう。
また、これまでちゃんと残業代を支払っていた企業でも、規制がなくなれば、際限なく長時間労働を労働者に強いることになりかねません。同じコストで最大限の利益を得るというのが企業として合理的な行動だからです」
労働者の立場からすれば、本来ならもらえるはずの賃金がもらえなくなるのは、たまったものではないだろう。
「裁量労働となれば、『午前9時から午後5時まで』などの『所定労働時間』という概念もなくなります。
極論すれば、労働者は24時間会社に拘束され、深夜まで勤務し、帰宅しても常にGPSで居場所を確認され、携帯電話で呼び出されれば対応しなければならないということにもなりかねません」
それはむしろ、「裁量」という言葉と正反対と言えそうだ。政府は年収1000万円超えなどのエリート層から、制度を試験適用すると言っているようだが……。
「1000万円以上の年収という条件を付ける話もあるようですが、いったんそのような規制緩和を許せば、際限なく広がります。派遣法の歴史がそれを示しています。
過労死やうつ病などが頻発する今の日本に必要なのは、長時間労働をなくすための実効的で強力な規制のはずですが、政府の進めようとする規制緩和はこれに逆行するものです」
今泉弁護士はこのように指摘し、警鐘を鳴らしていた。
(弁護士ドットコム トピックス)
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今泉 義竜(いまいずみ・よしたつ)弁護士
2008年弁護士登録。日本労働弁護団事務局次長。青年法律家協会修習生委員会事務局長。労働者側の労働事件、交通事故、離婚・相続、証券取引被害などの一般民事事件、生活保護申請援助などに取り組む。B型肝炎訴訟弁護団員。
事務所名: 東京法律事務所