
1998年に発生した「和歌山毒物混入カレー事件」の容疑者として逮捕され、2009年に最高裁で死刑が確定した林真須美(正しい表記は眞須美) 。
彼女は事件前、自宅で麻雀に興じる男性たちに、何度もヒ素を混入した食事を出し、保険金を詐取したとされている。
検察によれば、真須美による「毒盛り」は、「お好み焼き事件」「牛丼事件」「麻婆豆腐事件」「くず湯事件」など計23件で、そのうち「くず湯事件」をふくむ4件の被害者が、夫の健治である。
「くず湯事件」とは、カレー事件の前年に、真須美が死亡保険金目当てに、ヒ素を混入したくず湯を健治に飲ませたというものである。
しかし公判で健治は、ヒ素は自分で飲んだと主張した。また、ほかの"被害者"たちもみな、保険金詐欺の共犯だと述べた。例えば、Mという男性が被害に遭った「お好み焼き事件」について、健治はこう語っている。
「Mがヒ素入りのお好み焼きを食べて全身麻痺になったように見せかけ、わたしら夫婦が3000万円、Mも2000万円の保険金を受け取りました。それを検察は、真須美が麻雀中にMにヒ素入りのお好み焼きを食べさせ、全身麻痺にしたという話にしたんです」
また、「くず湯事件」について、飲んだのは「くず湯」ではなく「抹茶片栗」で、入院中に自分で飲んだと主張している。なぜ入院中にヒ素を飲むことになったのか。
他の保険金詐欺についてもそうだが、この「くず湯事件」についても、夫婦は離れていながらまったく同じ説明をしている。ここでは、「女性自身」(2008年7月29日、8月5日合併号)の「林眞須美被告独占手記」から真須美の説明を引く。
「私の母親が平成八年(引用者注・1996年。「くず湯事件」の4ヵ月前)一〇月一一日に亡くなり、一億四千万円の保険金が入りました。そこからビュイックとオペルのローンを完済しました。主人や同居していた夫のマージャン仲間Iの借金に二千万円くらい使いました。自宅の金庫にはまだ一億円近いお金が残っていました。
二女B子の誕生日の日に二女名義で貯金しようと思ったら、金庫の中が空っぽになっていたのです。残金は三百万くらいしかなく、私は腰が抜けてその場にへたり込みました。金庫の番号を知っているのは私と夫だけです。
問い詰めたら夫とそしてIの二人ですべて競輪に使ってしまっていたのです。夫はギャンブルが好きで、結婚した当初から悩まされてきました。でもまさか母親の保険金にまで手をつけるとは思ってもいませんでした。
一回に二千万も賭けて、すってしまったこともあると白状しました。私は怒りまくり、二人に即刻家を出ていくように言いました。夫は開き直るようにして言い返してきました。
『おかんの金、つこうてしもうたから、わしが自分の体で億の金、稼いだら文句ないやろ』
億の金を稼ぐということは、前回のように高度障害で保険金を受け取ることです。」
健治は耳かき1杯分のヒ素をコーヒーに入れて飲み、入院を果たしたが、思ったよりも回復が早かった。そこで入院を引き延ばすため、病院でヒ素入りの「抹茶片栗」を飲んだ、というのが林夫妻の主張である。
このときのヒ素は思いのほか効き、健治は20日間、意識不明に陥った。そして、高度傷害保険1億5千万円を手に入れることに成功した。
ところで健治も他の"被害者"たちも、ヒ素をわざわざ牛丼やコーヒーなどに混ぜて摂取している。これについて健治に「どうしてわざわざ食べ物や飲み物に混ぜるのですか。薬のようにヒ素だけ水で飲んだ方が簡単ですよね」と尋ねたところ、「食べ物や飲み物に混ぜないと、胃がやられちゃうんですよ」とのことだった。命に関わる劇薬を飲んでおきながら、胃はいたわりたいらしい。
裁判所は、「ヒ素は自分で飲んだ」という健治の主張を、妻をかばうための嘘として退けた。そして、「くず湯事件」「牛丼事件」「麻婆豆腐事件」など計6件が、カレー事件における真須美有罪の傍証とされたのである。(文中、敬称略)
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なぜ林真須美が"犯人"にされたのか 検証「和歌山カレー事件」(1)
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