震災ドキュメンタリーで「やらせ」 嘘を言わされた「被災者」は慰謝料を請求できる?
東日本大震災後、宮城県南三陸町に開局した臨時災害ラジオ局のスタッフと、その放送に元気づけられる被災者らを描いたドキュメンタリー映画『ガレキとラジオ』。その中のワンシーンに、「やらせ演出」があったことがわかり、衝撃が広がっている。
報道によると、このドキュメンタリー映画には、津波で娘と孫を失って仮設住宅で暮らす70代の女性が、ラジオ放送に励まされる場面がある。ところが実際には、この女性は災害ラジオ局の電波が届かない場所に住んでいたのだという。
この女性は映画の製作側から、ラジオ放送を録音したCDを聞かせられて、「いつも聞いている」「音がないとさびしい」といったセリフを言うよう指示されていた。映画が評判になるにつれて、女性は罪悪感を覚えるようになり、「映画を見た人に申し訳ない」と話しているそうだ。
その心中は測り知れないが、もし女性が「やらせを強いられて、傷ついた」として、映画の製作者に慰謝料を請求したら、認められるだろうか。一藤剛志弁護士に聞いた。
●「指示」だけでなく「強制」があったかが問題
「女性は製作者との出演契約に基づいて映画に出演しているはずなので、この出演契約の内容が問題となります」
このように一藤弁護士は説明する。ただ、ドキュメンタリーの場合、出演者が口頭で承諾するだけで、わざわざ契約書を作らないことも多い。そのような場合はどうなるのだろうか。
「詳細な内容の契約ではない場合であっても、製作者が出演者の人格的権利などを害さないように配慮すべきであるといった信義則上の義務はあると言えるでしょう」
今回のケースはどう考えればいいのか。
「このケースの場合は、出演した女性自身も、セリフが事実と異なることは認識していますね。セリフについて単なる指示や台本があっただけでは、製作者側の義務違反をいうのは難しいでしょう。それを超えた相当程度の強制がある場合などに、ようやく義務違反が認められるのではないかと考えます」
現場での「指示」を超えて、「強制」と呼べるほどの出来事が必要なようだ。ただ、もし、慰謝料を請求しようと思ったら、女性はどんな権利を害されたと主張できるのだろうか。
「今回のような場合、明確に類型化された権利があるわけではありませんので、判断が難しいところです。事実と反するセリフを言わされたことや、それが女性の置かれた状況を不正確に表現したものであり、映画を見た観客を欺く結果になったことを総合的にみたうえで、人格的権利や名誉権が問題となると考えられます」
●このような「演出」は許されない
実際に損害賠償請求した場合、女性は慰謝料を得られるだろうか。
「比較的似たような『やらせ報道』の裁判例として、暴走族の元総長が、報道機関から集団暴走を依頼されて実行したというケースがあります。元総長が報道機関に『集団暴走の依頼は自分に対する不法行為だ』として損害賠償請求しました。しかし、権利侵害や相当因果関係がないとして請求は棄却されています(大阪地裁平成13年6月26日判決)」
裁判に訴えても、結果は厳しいのかもしれない。相手方が「やらせ」という社会的に間違った要求をしているのに、なんとなく納得いかない気もするが・・・
「集団暴走の裁判では、裁判所は判決文のなかで『適切な取材方法でなかったことは否定できない』『仮にも犯罪行為を誘発・助長するが如き取材方法はとらないよう自律・自制することが、強く望まれるところである』と述べて、報道機関を強く批判しています。
同様の批判は、今回のケースについてもあてはまるでしょう。特に、現在も大変な状況に置かれている被災者の方々のことを思えば、このような『演出』は決して許されるべきではありません」
一藤弁護士は、「やらせ」をさせられた女性の行き場のない思いを代弁するかのように、こう話していた。
(弁護士ドットコム トピックス)
【関連記事】
会社に「ウソの理由」を伝えて「有給休暇」を取得したら・・・法的に問題あるの?
覚せい剤と知らず「運び屋」になってしまった「旅行客」 どんな罪に問われるのか?
富士山「火山防災マップ」を見て移住決断・・・「引っ越し代」は専門家に請求できる?
電子書籍「コピーガード解除ソフト」で初の逮捕者・・・ソフトを使った人の責任は?
【取材協力弁護士】
一藤 剛志(いちふじ・つよし)弁護士
第二東京弁護士会多摩支部・広報委員会 委員長、同・震災対応プロジェクトチーム 座長、同・中小企業プロジェクトチーム 委員、公益社団法人立川法人会 監事
事務所名: 弁護士法人TNLAW支所立川ニアレスト法律事務所